音楽鑑賞その2 プリンスと私

音楽鑑賞その2 プリンスと私

 舌の根も乾かぬうちに、という感じだが、最近、急にまた音楽を直に聴くようになった。

 それでも、やはり新しいものではなくて、孤独な青春時代に聴き込んだプリンスの音楽だ。

 

 中学生の頃、ほとんど裸の写真で全世界に衝撃を与えたプリンスのCDジャケットは、レンタルビデオ屋で18禁コーナーや話題のスプラッタビデオなどよりもよほどドキドキさせられた。だから、高校生になって、同級生達から「いちろうちゃんはプリンスに似てる(顔が)」と言われて、とても恥ずかしかった。ただ、賢く優秀な彼らはプリンスに対して肯定的な印象を持っているようであるのが気になっていた。それでも私はプリンスのCDを手に取る勇気はないままだった。同時期に大流行していたマイケル・ジャクソンの曲はいろんなところから勝手に流れてきたけれども、プリンスの曲は聴いたこともなかった。

 

 その後、長い浪人生活の中で、日本のロック音楽に夢中になり、音楽評論誌を読みふけるようになると、洋楽にも関心が向き、ちょうど名前を名乗らなくなった頃のプリンスの動向がいやでも目に入ってくるようになった(プリンスと発音することが禁じられ、The Artist[Formerly Known as Prince]と呼ばれたりしていた。プリンスはプリンスなのでややこしい)。第2次ベビーブーマーの受験戦争にあえなく敗れ去り、就職氷河期ということも知らずに20代前半を漂ってすごした私にとって、将来の不安にさいなまれる不安定な身分でいながら、専門家たちが絶賛する変態的な音楽に耽溺するということは、それ自体が倒錯的なことだったが、自分のことがいびつな生き物になってしまったように感じていたその時の気分にマッチしていた。デビュー作にさかのぼってCDを収集し、聴きまくるようになるまでにそう時間はかからなかった。

 

 お世辞にも格好いいとは思えない姿をありあまる才能とともにさらけ出しながら自由を愛する世界中の人々を熱狂させている小男から目を離さずにいられなくなった。妙ちくりんで、およそ他人と一緒には聴けないような曲が数えきれずある一方で、いきなり最高峰の作品を聴かされてエベレストの頂上に連れていかれるみたいな心地のすることがあった。そして、メディアの報じる彼の振る舞いは不器用でとても人間くさいものだから、かえって圧倒的な才能の凄さがわかるというふうな理解のしかただった。

 

 

 それから20年がたったある日、プリンスが斃れてしまって、すこしの間でも同時代を生きたんだという感慨とともに、友達を喪ったような寂しさを味わった。遺された作品を大事に聴こうと思ったが、その数はあまりに膨大だ。アメリカンフットボールのハーフタイムショーの名演奏(2007年 第41回スーパーボウル)を繰り返し観ながらその死を悼んだ。

 

 

 プリンスは、生前、インターネット上で作品がアップロードされることを嫌っていたが、死後は、遺産管理団体によってその方針が見直され、視聴しやすくなった。多くの人に届き、人生の力になるのは良いことではないだろうか。「パープルレイン」のライブ映像などは、音楽を通じて人間はここまで濃密な感情表現が出来るのかと知るのに最高だと思う。

 

 

 初めて洋楽を聴いたのは、両親がビートルズ世代ど真ん中であったから、自宅でのことだろうが、覚えていない。幼稚園の頃は、ゴダイゴを通じて洋楽のエッセンスを吸収していたと思う。正式にはクレジットされていないようだが、フジテレビ系の教育番組「ひらけ!ポンキッキ」のオープニングとエンディングのテーマはゴダイゴサウンドだった。毎日聴き惚れて幼稚園に通った。

 

 その後、札幌の街ナカから通った特認校の盤渓(ばんけい)小学校で、夕暮れのスキー学習から学校に戻る帰り道に野外で流れる「レットイットビー」にシビれたのが最初の洋楽体験だ(冬場の体育授業は、すべて向かいのばんけいスキー場ですべりまくるものだった)。

 医大生時代には、仲間たちとのバンド活動でコピーしたイーグルスの「ホテルカリフォルニア」などは、最初から最後まで一曲も無駄が無く、さすがだと思った。永遠にリピートしても聴きあきることがない完璧な作品というものがある。

 

 そういうものに比べると、プリンスのアルバムは、卑猥だったり難解だったり崇高すぎてウーンと思ってしまう箇所がかならずあって、あまり堂々と聴き通せない気がしていた。

 

 

 ところが、今回、あまりきちんと聴けていなかった2000年以降の作品の中で、最初から最後までじっくり聴けるアルバムを見つけた。2002年の「One Nite Alone…Live!」だ。大きな縦長のボックスに入ったCDで、当時は買っただけで満足してしまっていた。CDは、棚の山から掘り出さないと聴けないけれども、その点、サブスクはアクセスの良さが素晴らしい。

 

「One Nite Alone…Live!」は、その名の通り、ライブアルバムだ。バンドをしたがえていながら、ほとんどがピアノの弾き語りで、ド変態路線のものから神様みたいなものまで、キャリアの最初期からのさまざまな趣向の曲がどれも等しくプリンスの生み落とした大切な子ども達として会場のファンとともに優しい手つきで愛でられる。特に、「Do Me, Baby」と「ADORE」のように、オリジナルアルバムにおける存在の仕方が全く異なる二つを意識させられた。プリンスの個人史であると同時に、その足跡をずっと追いかけてきた聴き手の人生が祝福される場面に立ち会える。とても心あたたまる体験になった。

 

 ちなみに、プリンスの作品で私がいちばん好きなのは、渋谷陽一さんによるライナーノーツの締めくくりで紹介される「サイン・オブ・ザ・タイムズ」の終わり2曲。「It's gonna be a beautiful night」とそれに続く「ADORE」だ。前者はライブ音楽の楽しさに満ち満ちていて、後者はその対極に全ての音と声がプリンスひとりによるものだと知ってこれを聴くと、純度100%、プリンス命の限りの叫びと感じ、とてつもなく感動する。こういうものは、心の中で思い出すのでなくて、音の渦にのみこまれながら最後の一音まで聴きとどけたい。